当ブログは、2020年4月より開始

今年、65歳になり

 定年退職し、年金生活をしています。
 平日は、午前にスポーツジムで軽く汗を流し、午後からバイトをしています。
 土日祝は、買物に出かけたりとのんびり過ごしています。
 日々の運動記録およびパソコンやガジェット関連など適時公開していきます。

2020年3月:ボディスキャン

 最近のボディスキャンは、こちらです。

 スポーツジムで計測しています。
 最近は、運動よりサウナの時間が多くなっており、腹ぼて気味です。
 体重も 80kg を超えてしまっています。

マラソンは、40歳(1995年)から

学生時代は

 ほとんど運動はせずに、今で言うオタクでした。
 中学時代は、「初歩のラジオ」や「ラジオの製作」などを読み電子工作を趣味とし、高校時代になると「アマチュア無線」に明け暮れ、大学時代は、「TK-80」などからコンピュータソフトに興味が移っていきました。

「TK-80」はNECから発売されたワンボードマイコンで「TK」とはトレーニングキットの意味でした。約9万円の価格でも中身はボードと部品類で、自分で組み立てるものでした。

就職してから

婚約中の家内とスキー

 ようやく、友人や職場の仲間たちと「テニス」や「草野球」そして冬は「スキー」とスポーツをするようになりました。この頃の体形は、やせ型で体重も 70㎏前後でした。
 そして、結婚したのもこの頃でした。

暴飲暴食を繰返し

 仕事は、デスクワーク主体でしたが、徐々に出張が増えていき、週に3~4日までとなりました。そうすると、出先で暴飲暴食を繰返すようになりました。
 もともと、飲食は好きで多い方でしたので、スポーツは休日にするのですが、腹回りがどんどん太くなっていき、「スーツ」を買うたびにウェストサイズが増えていきました。

なんと、体重が3桁間近に

 そういう生活を続けていくと、体重が 80kg台となり、数年で90kgを超えまでになっていました。身長がある方なので、あまり目立たなかったのですが、とうとう、98㎏を超えるまでになってしまいました。

ついに、痛風を発症

 ある日突然、足先に激痛が走り、歩けなくなりました。病院での診察結果は、なんと「痛風」でした。痛みが治まるまでの間、松葉杖生活となりました。
 医者からは、生活習慣を変えなければ改善していかないと言われました。

  • 飲酒は適量を守る
  • 過食をしない
  • プリン体を含む食品を控える
  • 適度な運動を習慣にする

 ここ数年の健康診断で「C」や「D」項目が増えており、危険信号は出ていたんですが、体重増加がこうなるとは思いもしませんでした。しかし、飲食などの制限はしたくありませんので、残るのは「適度な運動で体重を落とす」という選択肢しか残りませんでした。

ウォーキングからジョギングへ

 痛みが治まると、休日にウォーキングをするようにしました。そして、徐々に走るようにしていきました。体重は、数キロ落ちましたが、飲食も戻ってくると、90kg台前半で行ったり来たりとなりました。
 さらに運動量を増やそうと、仕事の帰りは遅く帰ってからの運動はできなかったので、毎朝早起きして走るようにしました。午前6時から7時までジョギングするようにして、回数も週数回から、ほぼ毎日まで増やしていきました。

体重が落ちると、健康に

 毎朝、約8キロ走れるようになると、体重も 90kgも切ってきました。
 そして、一年も続けると、走れる距離も約10キロに増えてきて、体重も80㎏近くまで下げることが出来ました。
 すると、健康診断の結果も「オールA」とうれしい結果も伴ってきました。

80kgを切り、ハーフマラソンへ

 年齢も40歳となり、体重も80kgを切るようになってくると、「マラソン大会」にでてみようかと思うようになっていきました。
 今ほどのマラソンブームでもないので、その分大会数も多くはないですが、抽選もなく申込めば走れるような状況でした。
 そして、近くのハーフマラソンを申込み走ってみました。いろいろと聞いてはいましたが、ゴールしたときの達成感や充実感は、予想以上でした。

マラソン大会に年数回出場

 その後、マラソンにハマってしまったようで、年に数回走るようになりました。体重も下がり続け、70㎏前半までとなり、初めて「フルマラソン」も走り完走することができました。
 当時の記録は、無くしてしまったのですが、ベストタイムはハーフで約 2時間、フルで約 5時間となりました。と言っても、100人中70~80番ぐらいで成績としては、下の方でした。

ホノルルマラソンを目標に

首からぶらさげているのは、「NW-E3

 痛風であったことなど、すっかり忘れるぐらい健康を取り戻すことができました。
 次に、大きな大会に出てみたいと思うようになり、「ホノルルマラソン」をミレニアムの「2000年」に走ることを目標にすることにしました。
 そうすると、モチベーションは上がり、毎朝のランニングもさらに楽しくなっていき、社員旅行で行った香港でも早朝走るまでになっていました。
 そして、とうとう体重も70kgを切り、ホノルルマラソン直前の2000年12月には、「なんと 66kg」まで下がっていました。
 ホノルルマラソンの結果は、こちらです。 

その後は、70kg~80kgを維持

 ホノルルマラソン後は、モチベーションも下がり、早朝ランニングの回数も減ってきたので、体重も70㎏台に戻りました。
 それからは、大会が決まるとランニングなどで70㎏近くまで落とし、大会が終わると増えて 80kg近くまでと、70㎏ ~ 80㎏ の間を年単位で行ったり来たりとなっています。
 なんとか、健康診断結果を「オールA」で保っている状態です。